ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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岩と山【花崗岩編】

岩石の違いによる山の特徴を紹介するこのコーナー、記念すべき第1回は日本の山になくてはならない花崗岩を紹介していく。

第2回:玄武岩

gendarmes.hatenablog.com

第3回:蛇紋岩編

gendarmes.hatenablog.com

 

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白地に黒い斑点が花崗岩の特徴

花崗岩について

まずは花崗岩のことを知っておこう。花崗岩は白っぽい岩で、マグマが地中深くでゆっくり冷えた岩石と言われている。ゆっくり冷えたことによりそれぞれの鉱物が成長し、粒が大きく揃っていることが特徴だ。世界で最も多く存在する岩石のひとつで、大陸の地下はだいたいこの岩石でできている。日本にも広く分布し、ありふれた岩石と言える。ただし日本の花崗岩は世界の花崗岩と比べて若いものが多い。世界で最も若いと言われている花崗岩北アルプス穂高岳西部の滝谷や黒部峡谷にあり(どっちがより若いかは諸説あり)、世界から注目を集めている。

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滝谷花崗岩、黒い部分は取り込んだ別の岩石

また、見た目がきれいなため石材としてもよく使われる。石材としての名前は御影石で、墓石なんかで一度は見たことがあると思う。ただし現在新しく使われる石材としての花崗岩は、ほとんどがインド産だ。日本産の花崗岩を見たい場合は城にいくとよい。花崗岩が分布している地域の石垣は、だいたいその地域の花崗岩を使っている。また、一部の城は権力を示すために様々な場所から巨大な岩を集めて石垣を組んでいることがある。例えば、大阪城の石垣は瀬戸内海のいろいろな島から持ってきた花崗岩の展覧会のようになっている。

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大阪城の石垣、花崗岩が多い

鉱物について

花崗岩に入っている鉱物を紹介する。細かい話なので読み飛ばしてもらっても構わない。花崗岩を構成する鉱物は、透明な粒、白い粒、黒い粒の3種類が主だ。

透明な粒は石英と言って、水晶と同じ鉱物だ。とても硬く風化変質にも強い。電気を流すと一定の間隔で振動するため、電池で動いている時計にはだいたいこの鉱物が入っている。

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大きく育った石英結晶、きれいに育つと六角柱に

白い粒は長石と言う。必ずしも白ではなく、含まれている成分によって色が若干変わる。例えば槍ヶ岳周辺の花崗岩中の長石はピンクっぽい。長石の風化変質が進んでできるカオリンと言う粘土は陶器の原料となるため、古い花崗岩がある地域では焼物が盛んなことが多い。

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槍ヶ岳周辺のピンクがかった花崗岩

黒い粒は黒雲母と言う。風化変質が進んだ黒雲母を加熱すると、園芸用の土に使われるバーミキュライトとなる。黒雲母は薄く剥がれやすいため、バーミキュライトもよくみるとペラペラの鉱物が入っていたりする。

花崗岩にはほかにもいろいろな鉱物が入っていることがあるが、磁鉄鉱という砂鉄のもとが含まれていることが多い。磁鉄鉱が多く含まれている花崗岩が分布している場所の周りでは、たたら製鉄が盛んだ。古代の刀剣の多くは花崗岩からできているとも言える(ほかの岩石に含まれる鉄の場合もある)。

鉱物って意外と身近なものだなと思ってもらえたら嬉しい。

 

山の特徴

花崗岩のことがなんとなく分かってきたところで、本題の山の特徴の話に移る。

 

砂が多い

前述の通り、花崗岩はそれぞれの鉱物が大きく育っていることが特徴だ。それぞれの鉱物は異なった熱収縮率を持つため、寒暖を繰り返すことによってポロポロと分離していく。さらに長石と黒雲母は、水があると少しずつ化学組成が変わり分解が進む。その結果、大量の砂が供給され、山の上にも関わらず砂地が形成されやすい。登山道が砂地を通っていると、足を取られて非常に登りづらい。一方で下りは砂がクッションの役割を果たすため、膝への負担が少なく楽に降りることができる。予定ルートの一部に花崗岩があることが分かっているなら、できるだけ下りに組み込もう。例えば、南アルプス鳳凰三山地蔵岳直下では、大規模な砂地が形成され、足を取られて非常に登りにくい。

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地蔵岳鳳凰小屋の間、砂地が形成され賽の河原と呼ばれる


砂地は水捌けがいいため、乾燥に強い高山植物が分布する。有名なのは高山植物の女王と言われるコマクサだ。水捌けのよい砂礫地を好むため、花崗岩が分布する地域でみられることが多い。他の岩石が分布する地域でもみられることはあるが、花崗岩由来の砂は白いため、コマクサのピンクが最もよく映える(と個人的に思っている)。

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燕岳のコマクサ群落
奇岩が多い

長石と黒雲母は水があると分解が進むため(加水分解)、岩の表面だけでなく、染み込んだ水により亀裂に沿っても加水分解が進む。その結果亀裂の周辺のみが浸食を受け、ランダムな形の岩塊が残りやすい。花崗岩の分布する地域の山にはだいたい名前のついた岩があり、燕岳のイルカ岩、金峰山の五丈岩、鳳凰岳のオベリスク屋久島のトーフ岩と枚挙に暇がない。

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燕岳のイルカ岩

亀裂沿いの風化浸食から取り残された部分を、学術的にはコアストーンと呼ぶ。コアストーンは2018年の西日本豪雨でニュースに大きく取り上げられ、ちょっとだけ有名になった言葉だ。山にある変な形の岩もコアストーンなのだが、これらの根元にまで亀裂が入り山から切り離されると、巨大な礫となる。これが豪雨の際に、土石流と混ざって山から市街地に流され、被害を拡大させる原因となる。

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金峰山山頂、こんな大きさの礫が土石流と共に流れてくる
水がおいしい

花崗岩は亀裂が多いため水がしみ込みやすい。しみ込んだ水は粒子の隙間を通ってゆっくりと濾過され、不純物が少ないおいしい水となる。花崗岩はマグマが冷えてできているため、有機物の混入がほとんどないのもおいしい水を作る一因である。飲料や食品の工場も花崗岩が分布する山の近くに作ることが多いため、日常生活においても気づかぬうちに花崗岩で濾過された水をたびたび口にしている。

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駒ヶ根にあるマルスウイスキーの工場では中央アルプスで磨かれた水を使っている

 

岩が滑らない

もう言うのが何度目か分からないが、花崗岩はそれぞれの鉱物粒子が大きく育っている。そのため岩の表面は滑らかにならず、小さな凹凸があるためグリップが効きやすい。多少斜めになっていても濡れていても、他の岩石の上に立つよりは滑らずに体勢を維持することができる。岩石に合わせた歩き方をすると、登山の無駄をなくすことができる(蛇紋岩は滑るとか、泥岩は割れやすいとか)。クライミング用のシューズだと、登攀対象の岩種に合わせてグリップ力を設定したりもしている。クライマーは総じて岩石への造詣が深い。

 

山は地質と気候に支配されている

山の形も植生も、すべての要素は地質と気候をベースにしているため、岩にも目を向けると山への理解がより深まる。地質学は非常にとっつきにくい分野だが、少しでも興味を持つきっかけになると嬉しい。