ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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【実験】シャリバテしない身体を作れるか

「シャリバテは訓練で克服できる」

アドベンチャーレーサーの田中正人氏はあるインタビュー記事でこう言っていた(なんのメディアかは忘れてしまった)。目から鱗だった。エネルギー切れはどうにもならないから補給でなんとかするしかないと思っていた。ただし、クレイジージャーニー等でも取り上げられていたので知っている人も多いと思うが、彼は少々頭がおかしい(よくも悪くも)。この言葉を信用していいものかあやしいところがある。いや、彼も同じ人間のはずだ(きっと)。同じ人間にできるならば私もできる可能性がある。やってみよう。

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身体を装置として捉える

 

1回目

克服方法について田中正人氏はインタビュー中に特に詳しい話をしていなかったと記憶している。とりあえずエネルギー不足の状態で運動してみることにした。昼ごはんを少ししか食べないで、夕方に強い空腹感を感じたままランニングをしてみた。2km程度走ったところでかなり足が重くなり、6km走ると気持ち悪くて動けなくなった。立ちくらみもする。いつもランニングしている公園から家までは5分程度だが、その道も帰れる気がしない。結局10分ほど公園で座って休み、なんとか動けるようになって帰宅した。克服できる気がしない。

 

2回目

毎日やるとダメージの蓄積が取れない気がしたので2日に1回やるとこにした。そして1回目でかなり痛い目にあったので、炭水化物はとらないがタンパク質はとっておくようにする。具体的には昼食にサラダチキンだけを食べた。これが功を奏したのかだいぶ楽に同じ距離を走ることができたが、ランニング後半はやや足が重くなった。食べたぶんエネルギー切れのタイミングが遅くなっただけなので、体質改善にはなっていなそうだ。

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日々の昼食をこれに

 

3〜6回目

回数を重ねるごとに足が重くなるタイミングが遅くなっていき、6回目には足が重くなることがなかった。この実験を始める前はこんなにもここまでしっかりとランニングを行っていなかったため、単純に体力がついたのか体質が変わっていっているのかは定かではない。血糖値でも測れば分かるのかもしれないが、体重計すらないうちではそこまでの設備は望めない。

 

7回目

炭水化物を減らしタンパク質をとっていたが、脂質はどうなろうと思い立ち、試してみた。脂質100%の食事はさすがに難しいので、マーガリンをたっぷり塗った食パンとかき揚げとベーコンの昼食にしてみた。気持ち悪くなり家を出ることも叶わなかったため、残念ながら失敗に終わった。エネルギーは足りるのかもしれないが、脂質は運動に向いていない。

 

8〜9回目

どんどん身体が軽くなっていく。体力もついているだろうし、きっと体質も変わってきている。さらに健康診断で体重を測ったところ、体重が落ちて物理的にも身体が軽くなっていたようだ。空腹状態での運動は身体の脂肪だけではなく筋肉も分解するため、軽くなったのはあまり喜ばしいことではないが。

 

10回目

再び昼食を抜いて走ってみた。同じく昼食をとっていなかった初回と比べ、格段に楽になっていた。いくら体力がついたとは言え初回に感じた足の重さやふらつき(低血糖)は全く感じなかったので、これは体質が変化していると言っていいのではないだろうか。これからもランニングは続けるが、ひとまず実験は一旦終了とする。

 

そもそもシャリバテとはなにか

すごく簡単に言うと、人間は2種類のエネルギーを身体に蓄えて生きている。肝臓に蓄えられたエネルギーと、筋肉や脂肪などの身体自体に蓄えられたエネルギーだ。肝臓に蓄えられたエネルギーは運動などに使われるが、蓄えられる量には限界があるため、有酸素運動を長く続けていくと蓄えが尽きてしまう。すると身体は筋肉や脂肪などを分解してエネルギーを作り始めるのだが、分解してエネルギーにするまで時間がかかりるため、運動で消費するエネルギーに対して収支がマイナスとなり、身体が低血糖状態に陥る。この状態がシャリバテだ。登山と同じく有酸素運動を長く続ける自転車競技ではシャリバテのことをハンガーノック現象と呼んでいる。

シャリバテは運動量もさることながら、気温に大きな影響を受ける。周囲の環境が低温であればあるほど体温維持でエネルギーを使うためだ。雪山に行っているときなんかは、毒の沼を歩いているがごとくHPがどんどん減っていき、あっという間にエネルギー切れとなってしまう。私は雪山の下りでエネルギー切れとなりがちで、少しの登り返しでくらくらしたりする。私は雪山で毎回のようにシャリバテを繰り返しているため、学習ができないダメ人間である。運動しながら食べ続けるのはけっこうつらい。

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ラッセルを始めると1時間も持たずにエネルギー切れとなる

 

身体にどんな変化が起きたのか

人間の身体は血糖値を一定に保つ仕組みが備わっており、血糖値はホルモンでコントロールされている。高血糖のときはインスリンで血糖値を下げ、低血糖のときはグルカゴン、アドレナリン、糖質コルチコイドなどで血糖値を上げている。血糖値を下げるホルモンがインスリン1種類しかないことに対し、血糖値を上げるホルモンは数種類あることから、人間は満腹状態よりも空腹状態に適応した動物であり、空腹状態でもそこそこ動けるようにできているようだ。満腹状態では狩りをすることもなかっただろうし、食料が飽和した今の日本は人間の歴史でみると異常事態と言える。よって、ちょっとの空腹でシャリバテとなる現代人の身体は鈍りきっており、人間本来の働きを取り戻せば多少のシャリバテには対処することができると推定される。

私は今回の実験により、血糖値を上げるホルモンの分泌のスイッチのようななにかが入りやすくなり、分泌量も多くなったと推定される。もしくは、満腹状態が長かったことにより過剰に分泌されていたインスリンが減ったかだろう。どちらにせよ、身体が空腹状態で運動することに適応した(というか元々適応できる鈍っていた身体を元に戻した)と言える。ただ、どちらかというと、私の実感としてはインスリンの過剰分泌が減ったような気がする。先ほど挙げた血糖値を上げる3種のホルモンのうち、グルカゴンとアドレナリンは肝臓に蓄えられたエネルギーを使うためのスイッチとしての働きが主だ。アドレナリンはほかの働きとして、血圧の上昇、興奮作用や脂肪の分解等もある。糖質コルチコイドは筋肉を分解しエネルギーにする働きを持つ。これらの血糖値を上げるホルモンがいくら活発になったと言えど、肝臓にないエネルギーを絞り出すことはできないし、脂肪や筋肉を分解するのは化学的に時間がかかる。そのため、今回私の身体に起きたような短時間での大きな変化は望めないと思うのだ。一方でインスリンの過剰分泌は、それがなくなるだけで大きな変化が期待できる。さらに私は甘いものや炭水化物が好きで、糖質過多となっている傾向があった。

シャリバテの原因がインスリンの過剰分泌だったとすると、普段の生活から糖質を抑え、空腹である時間を確保することで、対策をすることができると推定される。流行りの糖質制限ダイエットや16時間断食ダイエットはシャリバテにも有効らしい。アドベンチャーレーサーの田中正人氏と世のOLが同じことをやっているとは思わなかった。田中正人氏も同じ人間だった。疑ってすみませんでした。