山と神社は切り離すことができない。神道は自然と神を同一のものとして扱っているからである。御神体が山という神社はそれなりの数がある。そのため全国の山を巡っていると、お詣りもセットでついてくることが多い。いろいろと由緒正しい山の神社を巡るなかで、火除けのご利益がある神社には、ある地質的共通点があるという気づきを得たので報告したい。
火除けの神
まずは火除けの神についてだ。火除けの神は大きく分けると2つの系統がある。1つ目は火之迦具土神(ヒノカグツチ)だ。イザナミとイザナキが国生みで生んだ神である。こいつ自身が火を纏っているため、出産時にイザナミに火傷を負わせ、イザナミは死んでしまう。非火属性が火属性を生むと子どもに焼かれて死ぬらしい。出産時まではダメージがなかったのは、胎内は無酸素状態のため火をまとうことができなかったためだろうか。その後、ヒノカグツチはイザナミの死にキレたイザナキに殺されてしまう。かなりろくでもない人生(神生?)だが、特に江戸時代は火事が多かったため、火の神であるヒノカグツチを祀った神社は人気を博したようだ。
火除けの神の2つ目は狼信仰だ。大口真神(オオクチマガミ)というニホンオオカミ(20世紀初頭に絶滅)が神格化された神様を信仰する。狼信仰は基本的に盗賊除けで知られる。鹿や猪から農作物を守ってくれる存在だったためだ。そこに火除けの性質が加わった理由ははっきりしない。火事は盗賊と同じく自分では防ぐことができない災害だったため同一視されたとか、山火事の際に遠吠えで知らせてくれたからとか、諸説あるようだ。
秋葉神社と愛宕神社
火除けの神社としてひときわ知名度が高いのは「秋葉神社」と「愛宕神社」である。秋葉神社は日本全国に点在する神社であるが、総本宮は静岡県浜松市にある。愛宕神社も同様に日本全国に点在するが、総本宮は京都府右京区にある。どちらもけっこうな山の上に位置し、ヒノカグツチが祀られている。これらの神社に参拝したところ共通した岩石が分布していた。その岩石とはチャートである。
・秋葉神社
・愛宕神社
チャートという岩石
チャートとは堆積岩の一種である。放散虫などのプランクトンの殻や骨片が海底に堆積してできた岩石だ(一部で非生物起源のものもある)。石英という非常に硬い鉱物の集合体である。様々な色を示すことが知られており、白や灰色が多いが、赤や緑、オレンジなどもある。日本で一般的に産出する岩石のなかでは最も硬く、侵食にも強いため、崖や滝を形成することが多い。
チャートの利用
チャートは非常に硬い。その硬さを生かし、原始時代から矢じりや石錐として利用されていた。古代に入るとチャートは新たな役割を担うようになる。火打石である。鉄とぶつけて火を起こすための道具だ。近世に入ると火打石は庶民にも普及した。明治にマッチが普及するまで火打石の利用は続いたようだ。チャートは人々の生活に根付いた道具だったのである。
チャートは火の制御を連想させる?
チャートが火打石として日常的に使われている場合、チャートをみると火を連想することになるだろう。現代人がマッチをみると、それに火がついていなかったとしても火を連想するのと同じである。有名な火除けの神社2社に、そのような火を連想させる岩石が分布しているのは、偶然とは考えにくい。マッチが大量に落ちている山があったら、その山には火の意味づけをするに違いない(火打石の役割的にはマッチ本体ではなく横薬かも)。火を起こすことができるチャートは、火を制御することと結びつけて考えられ、そこに火除けの神社が建立されたのではないだろうか。
ほかの火除けの神社は?
有名な神社とはいえ2例で一般化するのは怒られそうなので、他の火除けの神社の地質もみてみよう。
まずは東京の御嶽神社だ。ここは狼信仰の神社で火除けのご利益が知られている。山頂ピンポイントではないが、ここにもチャートが分布していた。チャートは滝を形成し、これらの滝も信仰の対象となっている。
次は埼玉の三峯神社だ。ここも狼信仰の神社で同じく火除けのご利益が知られている。ここにはチャートが分布していなかった。しかし神社南方の山の上のほうにはチャートが分布しているようだ。現地では確認することができなかったが、転石として落ちていたチャートを神社の敷地内で入手できた可能性は十分にあるだろう。
火の神はチャートに宿る
4例でもまだまだ一般化するのはどうかと思うので、これからも全国の神社をめぐり事例収集を行う必要がある。一方、全国にある火除けの神社は多くが秋葉神社か愛宕神社の分社である。分社は交通の便がいい街の近くに位置することが多いため、地質・地形的意味づけはされていないことが多いと考えるべきだろう。あとは、大火の際に燃えずに残ったことにより火除けご利益が謳われている神社があったりもする。ということで必ずしも火の神=チャートというわけではないけれど、その観点から意味づけされた神社も少なからずありそうである。火の神はチャートに宿るのだ。文化地質学的な一説として提唱したい。
※チャートは硬いためそもそも山として残りやすい。よって周囲よりも標高が高いことが多く、比較的雷が落ちやすい。落雷は山火事を引き起こすため、火の神と結びつけられたという話もある。
参考文献
平藤喜久子, 2018, 日本の神様解剖図巻. エクスナレッジ.
米澤貴紀, 2016, 神社の解剖図巻. エクスナレッジ.