ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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岩と山【蛇紋岩編】

岩石の違いによる山の特徴を紹介するこのコーナー、第3回は蛇紋岩を紹介していく。

第1回:花崗岩

gendarmes.hatenablog.com

第2回:玄武岩

gendarmes.hatenablog.com

蛇紋岩について


まずは蛇紋岩のことをことを知っておこう。蛇紋岩は黒〜緑の岩で、独特の光沢を持ち、蛇の鱗のような模様があるため蛇紋岩と呼ばれている。地球のマントルを構成する岩石である橄欖岩(かんらんがん)が水の供給を受けて変質することにより、蛇紋岩となる。橄欖岩から蛇紋岩へと変質する際は、同時に磁鉄鉱(酸化鉄)ができるため、蛇紋岩は磁石につくことが多い。

地上での分布は脈状のものが多く、大規模な岩体は形成しないことが多い。日本における蛇紋岩で形成されている山で有名なのは、早池峰山至仏山谷川岳、白馬岳あたりだが、これらも登山口から頂上まですべてが蛇紋岩というわけではない。謎が多い岩石であり、地上への上昇メカニズムなどはまだ完全に解明されていない。

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早池峰山の蛇紋岩

 

鉱物について

蛇紋岩に入っている鉱物を紹介する。細かい話なので読み飛ばしてもらっても構わない。蛇紋岩は主に蛇紋石という鉱物から構成される。蛇紋岩には大量に含まれているが、それ以外の岩石に含まれることは稀である。

蛇紋石はかんらん石という鉱物が変質することにより作られる。かんらん石はオリーブ色でコロコロした形の鉱物だ。大きく育ったかんらん石はペリドットと呼ばれる宝石となる。これが熱水変質を受け蛇紋石となると、性質がガラッと変わる。雲母のような層構造が顕著となり、透明感もなくなる。さらに蛇紋石は繊維状のアスベストを含むことが多い。アスベストはかつて工業製品の材料としてよく使われていたが、発がん性が問題となり、現在は製造・使用が禁止されている。岩石中で自然発生したアスベストにも処分に対して規制がかかるため、たびたび土木工事の障害となっている。

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橄欖岩、緑の粒がかんらん石

 

山の特徴

蛇紋岩のことがなんとなく分かってきたところで、本題の山の特徴の話に移る。

 

滑る

蛇紋岩を形成する蛇紋石は面状の構造を持つため、山にある露岩はたいてい平滑な面を持つ。この面には登山靴のソールに引っかかるような凹凸がないため、蛇紋岩は非常に滑りやすい。蛇紋岩でできた山は比較的緩い傾斜でも梯子や鎖が設置してあることが多いが、少しでも傾斜がついていると滑ってしまい登れないためである。雨が降っているときに蛇紋岩の斜面を下山する場合、確実に転ぶこと請け合いである。

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早池峰山の蛇紋岩に設置された梯子と鎖

 

崩壊地が多い

前述の通り蛇紋岩を形成する蛇紋石は面状の構造を持つ。この面に沿って地すべりや岩盤崩壊などがよく起こるため、登山道が寸断されやすい。登山口までのアクセスに蛇紋岩が分布している場合も注意が必要である。基本的に蛇紋岩は不安定であり、土木業界や地元の人からは嫌われている。

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大鹿村の鳶ヶ巣大崩壊地、蛇紋岩が分布する

 

森林限界が低い

蛇紋岩は他の岩石に比べマグネシウムを大量に含んでいる。そのため蛇紋岩が分布する地域では土壌が超塩基性となり、一般的な植物の成長を阻害する。その結果、蛇紋岩で形成された山は周囲の山に比べ森林限界の標高が下がっている。例えば尾瀬至仏山は蛇紋岩でできているが、尾瀬ヶ原を挟んで対峙する燧ヶ岳(安山岩)と比べ森林限界の標高が約500mも低い。

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至仏山は標高1700m付近から森林限界となる、一方で尾瀬ヶ原の反対側の燧ヶ岳は2200m付近まで森が広がる

 

植物の固有種が多い

前述の通り蛇紋岩は他の岩石に比べマグネシウムを大量に含み、超塩基性の土壌を形成する。この環境に適応した特殊な植物が分布するため、蛇紋岩でできた山には固有種が多い。早池峰山のハヤチネウスユキソウ、至仏山谷川岳のオゼソウやホソバヒナウスユキソウと枚挙に暇がない。そのため高山植物マニアたちは知らず知らずのうちに蛇紋岩の山ばかりに行っていたりする。

 

山は地質と気候に支配されている

山の形も植生も、すべての要素は地質と気候をベースにしているため、岩にも目を向けると山への理解がより深まる。地質学は非常にとっつきにくい分野だが、少しでも興味を持つきっかけになると嬉しい。