ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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熊野古道は古代の高速道路だった

熊野古道は世界で2例しかない「道」の世界遺産である。正式名称は「紀伊山地の霊場と参詣道」で、5本の参詣道や寺社が世界遺産として登録されている。1000年以上前から存在している道であり、日本人の登山者としていつか歩かなくてはと思っていた。1本道ではなく全コースを一度に歩くことはできないため、今回は那智から高野山まで歩いてみたのだが、その過程で熊野古道はほぼ高速道路だという気づきを得たので報告したい。

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新宮市観光協会

https://www.shinguu.jp/kumanokodo2

 

石畳=アスファルト

古道の多くの区間には石畳が設置されている。石畳の機能としてはまず道路の維持が挙げられる。石畳があることにより、浸食が防止され道路が長持ちするのだ。一方で歩行するには滑るし凹凸が多く、歩行の快適性は二の次だったのかと思っていた。しかし、今回の旅の一部区間で実験的に草鞋を使用してみたところ、考えを改める必要がでてきた。まずは草履と現代の靴(トレッキングシューズとトレランシューズ)の使用感を比較してみよう。

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石畳が続く中辺路

 

トレッキングシューズ

・歩行性 ★★★

・防滑性 ★★★★

・防御力 ★★★★★

・防水性 ★★★★

・耐久性 ★★★★★

・軽量性 ★

 

トレランシューズ

・歩行性 ★★★★★

・防滑性 ★★

・防御力 ★★★

・防水性 ★★

・耐久性 ★★★

・軽量性 ★★★★

 

草鞋

・歩行性 ★★

・防滑性 ★★★★★

・防御力 ★

・防水性 ★

・耐久性 ★

・軽量性 ★★★★★

 

草鞋は現代の靴と比較し、とにかく滑らず軽いことがわかった。一方で構造上爪先が飛び出た状態となるため防御力が非常に低く、爪を割らないかを常に気にしてびくびくしながら歩くこととなる。もちろん防水性は一切ないし、藁でできているためすぐに壊れる。今回は1時間程度使ったがかなり消耗が進んでおり、半日持てばいいほうだろう。

このように総合力では現代の靴に劣る草鞋だが、石畳を歩く場合はこの特性が非常にマッチする。草鞋はグリップ力が高いため、石畳でも一切滑ることがないのだ。さらに石畳の凹凸は草鞋の寿命を延ばす働きをする。草鞋は斜面に平行に足を置くと編み込まれた藁が徐々にずれて形が崩れていってしまうのだが、石畳の凹凸は踏む場所を選べばどこかに水平に近い面があるため、草鞋の形が崩れにくいのだ。

よって、石畳による舗装は草鞋に最適化されたものである。これはタイヤに対するアスファルトの関係と似ており、役割としては石畳=アスファルトである。歩行(走行)性が高い道はすなわち移動の高速化にもつながる。

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草履は足先の剝き出し感がとにかく不安
 

 

茶屋=サービスエリア

熊野古道には茶屋跡が至る所に存在している。現在は跡だけになってしまっているが、昭和の時代まで残っていたものもあったようだ。茶屋の役割は休憩や食事である。ルート上で食料の調達ができたという意味では、熊野古道を歩く難易度は中世に比べ現在のほうが高いかもしれない。また、前述したように当時の履物である草鞋の寿命は非常に短く、使う量をすべて持ち歩くのは現実的ではない。そのため草鞋は現地調達されていたと考えられ、茶屋で入手可能と考えるのが自然である。

これらの役割は高速道路のサービスエリアと非常に似通っている。食事休憩は言わずもがなだが、草鞋の調達はガソリンの補給のようなものである。さらに1時間程度歩くとあるような位置に配置されており、サービスエリアよりもやや間隔が疎であるものの、時間的に等間隔で配置される点は類似している。

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茶屋跡の石垣や平場が至る所に存在する

 

直進性が高い

熊野古道は寺社間を繋ぐバイパスとしての役割を果たしている。点在する集落を繋ぐのではなく、道が先にあってそこに宿場等が発達して集落となった場合が多い。そのため道の直進性が非常に高く、他の道を使うよりも早く目的地に着くことができる。これは現代の高速道路やバイパスとよく似た特性である。

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今回のルート、山を突っ切っている割に直進性が高い

 

急傾斜地で道幅が広がる

熊野古道はできるだけ傾斜が緩くなるように作られているが、避けられず急傾斜が続いてしまうところもある。そのような長く続く急傾斜地では道幅が比較的広がっていることが多い。これは渋滞を解消するためと考えられる。車道が発達するまで熊野古道は参拝だけでなく物流も支えていた可能性が高い。前述したように道中に茶屋があるため、少なくとも茶屋への荷物を運ぶ歩荷は確実に歩いている。できるだけ身軽な装備で来る参拝者と、できるだけ多くの荷物を運びたい歩荷が同じ道を歩くと、傾斜がキツイほど大きな速度差が生まれる。ほとんど人が歩いていない現状からはなかなか想像が難しいが、当時は渋滞も発生したのではないだろうか。それを解消するための道幅の拡張だ。つまり現在における登坂車線の役割である。

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急傾斜で有名な胴切坂、道幅広め

 

熊野古道は高速道路

このように熊野古道の特徴は高速道路と酷似していることが判明した。ここまで特徴が合致していれば高速道路と呼んで差し支えないような気がする。クマノコドーハイウェイである。移動自体は時が進むにつれて高速化したけども、人が休みたくなる時間間隔やイライラすることなどはあんまり変わっていないということだろう。ただし現在は茶屋がなく石畳で滑ってしまう靴を履くしかないため、当時に比べて移動の難易度が跳ね上がっていると推定される。高速道路ではなく山道を移動する気持ちで臨むべきだ。熊野古道は文字通り山道なので、この記事を読んで惑わされている人以外は認識を改める必要は特にないが。