ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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ほうとうは水不足から生まれた

土地には名物料理というものがある。人によっては旅行の目的となるくらいに多種多様で、多くの場合その土地でとれるものを使っている。そのため、料理はその土地の気候や地質を映す鏡となる。今回は山梨名物のほうとうを取り上げる。

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ほうとう
山梨の気候

まずは山梨の気候の特徴をみてみよう。山梨(甲府)の気候は非常に雨が少ないことが特徴だ。都道府県別降水量ランキングでは下から5番目、県庁所在地別の日照時間ランキングでは甲府が1位となっている。これは周囲を山に囲まれていることが原因で、雨雲が山にさえぎられているためだ。内陸に位置するため海と離れていることも理由の一つである。中央高速を東京から甲府方面に走っていると、笹子トンネルを越えたら晴れていたということがよくあるのもこれが理由だ。

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降水量ランキング(昇順)

(総務省統計局 第六十九回日本統計年鑑 令和2年 より一部引用加筆) 

 

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日照時間ランキング(降順)

総務省統計局 第六十九回日本統計年鑑 令和2年 より一部引用加筆

 

山梨の地形

地形的な特徴では、扇状地が多いことが挙げられる。扇状地とは山地の河川から運ばれてきた土砂が堆積してできた地形だ。扇状地は水はけがいいため果樹園に適しており、山梨名物のぶどうやももが作られている。ちなみに扇状地では河川の水や降水が浸透するため、豊富な地下水が形成されやすい。

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堆積物が平地に出るときに扇状に広がる
山梨は稲作に向いていない

これらの気候・地形的特徴により、山梨では日本人に必須の作物を作るのが困難だ。米である。米作りのためには大量の水が不可欠だ。雨が少なく、水はけがいいため溜めるのも困難な山梨では、米作りにとにかく向いていない。日本において米は、長らく主食であると同時に経済の指標でもあり、基本的に米を作ることができる場所では優先的に米を作る。水が足りず米の生産量が少ない場所では、食べていくために裏作として麦や蕎麦を作り、税を納めるために桑を育て養蚕を行う地域が多い。山梨と同じく雨が少ない瀬戸内や長野でうどんや蕎麦が名物となっているのは、米作りに向いていなかったからだ。また、現在や山梨で果樹園となっている場所の多くは、昔は桑畑であり、養蚕が盛んな地域だったことが知られている。

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水が足りないため日本最大級の用水路が作られていたりする(徳島堰)

山梨で米つくりが難しかったことは地名にも表れている。山梨には「増穂」「田富」「穂足」など、米に関連した地名が多い。これだけ見ると稲作に向いていそうだが、地名というのは土地の特徴を表し、他の土地と区別することができなければ意味がない。稲作に向いた地域が少なく、それが特徴になったからこそ、地名としてこのような名前が残っているのだ。

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今も水田が残る増穂IC周辺(地理院地図より)
ほうとうが作られた理由

続いて、ほうとうの特徴をみてみよう。ほうとうとは、小麦粉で作られた太い麺を野菜と一緒に味噌で煮込む料理である。野菜は、かぼちゃ、にんじん、きのこなどが入っていることが多い。

これらの材料について、前述した気候的・地形的特徴を踏まえて考えてみよう。小麦粉で作られた麺は米がとれないからだ。麺が太くコシが弱いのは山梨が内陸にあり塩が貴重だったためで、さぬきうどん等の海沿いの地域は塩をふんだんに使うことができたためコシがある麺となっている。使っている味噌は甲州味噌という種類で、米麹と麦麹を混ぜて使っている。他地域の多くの味噌は米麹を100%使っているものが多く、ここにも米の不足を見て取ることができる。入っていることが多い野菜は根菜類が多く、降水量の影響を受けにくいものばかりだ。きのこは日本の気候だとどこでも取れるため、身近な食材のひとつだったのだろう。

 

このように、ほうとうは山梨の気候・地形的特徴を顕著に反映している。これは他の地域の名物料理にも多くの場合当てはまる。その土地のことをより深く知るために、旅行先ではぜひ名物料理を食べ、その由来に思いを馳せてほしい。