ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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地形的観点から山で水を探す

登山業界における食料はどんどん軽くなっている。α米やフリーズドライの食料はどんどん進化し、持っていくことがあたりまえだ。それにより持っていける食料の量は増え、山で食料を調達することはまずない(服部文祥さんみたいな人みたいな現地調達派もごくわずかにいるけれど)。日本におけるレクリエーションとしての登山の黎明期の記録をみてみると、米は持っていっているものの、普通にライチョウを撃って食べたりしている。運搬量に限界があったのだ。一方で、昔と変わらず現地で調達しなければならないものもある。水である。

ライチョウ、ウェストンによる狩猟の記録がある(現在は特別天然記念物のため狩猟禁止)

 

飲料水は言わずもがなだが、料理にも水は必須だ。α米もフリーズドライも水がなければ食べることができない。季節にもよるが、一泊二日のテント泊では、水を4L程度は使うことになる。荷物のけっこうな割合を水が占めるため、現地調達できるに越したことはない。二泊以上だと、もはや持っていくのは不可能である。

ただし、水の現地調達がそんなに難しいかというと、そうでもない。登山用のマップがあるところでは、水場が書いてあるため、そこに行けばいい。登山用のマップがないエリアを歩いていたとしても、沢に降りればたいてい水がある。水の発見が難しいシチュエーションは、登山用のマップがないエリアを歩いている、かつ、山の中腹や尾根を歩いている場合である。

ということでこの記事では、できるだけ沢の下のほうに降りずに湧水を探す方法を4例紹介する。探す根拠とするのは、地形である。私は、建設コンサルタントとして、水源開発のために湧水を探し歩く仕事を、たびたび実施した経験がある。この記事は、その経験に基づくものである。

 

※日本はそもそもきれいな水が現地で入手しやすく、北海道を除き寄生虫のリスクも低い。登山における水の現地調達の文化はそれらの要因によるものであり、海外も含めると地域差がある。いわゆる探検の対象地点のなかには、雪が常にあり、溶かしさえすれば水をいつでも入手できる場所も多い。

※この記事は得られる水の安全性を保障するものではない。

地図に水場マークがあってもなかなか見つからなかったり

 

1. 地すべり地形の下

地すべりとは、「斜面の一部あるいは全部が地下水の影響と重力によってゆっくりと斜面下方に移動する現象のこと(国土交通省HPより)」である。地すべりを解説するページはいくらでもあるので、ここでは詳しく解説しない。街で起これば災害だが、山にはそこらじゅうにあるのが実態だ。このような地すべりは、地形からある程度の位置を特定できる。これが湧水を探す手がかりとなる。地すべり地形のイメージはこんな感じだ。

国土交通省HPより

https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/jisuberi_taisaku.html

 

これが地形図だとこんな感じになる。

一般社団法人斜面防災対策技術協会HPより

https://www.jasdim.or.jp/gijutsu/jisuberi_joho/tyosa/tikeihandoku/tikeihandoku.html

 

ただし、登山で一般的に使用される2万5千分の1地形図で分かるような規模の大きい地すべりは、そんなに数が多くない。地形図で見つからなくても、規模が小さい地すべりと湧水が存在することもある。地すべり地形のイメージを頭に入れ、目視でもこのような地形を探すとよい。

地形図では判読が難しい規模の地すべり、青丸の地点に湧水あり(下の写真)

小さな規模の地すべり末端の湧水(上の図の青丸地点)

 

2. 谷の始まり

谷は水が流れることによって形成される。そのため、それよりも上には谷がないのに、いきなり谷が始まるところは、湧水があることが多い。上述した地すべり地形の下の湧水と兼ねることもある。ただし、雨の直後しか湧水が確認できないことも多い。伏流している場合もけっこう多く、掘れば水があったりもする。

谷の始まりとは赤丸のような場所を指す。矢印から見た景色は下の写真。

赤丸で囲んだ場所のような谷の始まりにはたいてい湧水がある。地形図では確認できない大きさの谷も多数確認することができる。(実際にこの地点まで行って湧水を確認したわけではない)

 

3. 断層

断層とは、地下の地層もしくは岩盤に力が加わって割れ、割れた面に沿ってずれ動いて食い違いが生じた状態を言う(Wikipedia調べ)。このずれに沿って岩盤が割れるため、断層に沿って谷や鞍部ができることが多い。また、断層は地下水の通りみちとなることも多く、断層に沿って歩けば湧水が発見しやすい。ただし、この断層沿いの地下水は、上記2例の水よりも深いところから出てきた水の可能性が高い。そのため、山の地質によってはかなり"濃い"水となる。具体的には、フッ素やホウ素などの重金属が、水道水質基準からみればアウトな濃度で検出される場合がある。まあ飲んでもすぐに死ぬわけではないが、決して身体にいいものではない。このような湧水は、定義上温泉に分類されることもある。温かくなくとも、指定された物質が一定量含まれていれば温泉と定義されるためだ。ちなみに、火山近くでは飲んだら一発アウトの毒性の強い湧水が出ていることもある。そういう水は、においや味が強いので、さすがに判断に困ることはないと思うが。

http://www.diaconsult.co.jp/saiyou/business/business06/

ダイヤコンサルタントHPより

直線的に谷や鞍部が並ぶ場所に断層があることが多い、湧水が想定されるのは青丸の箇所、前述した谷の始まりになっていることもある(実際にこの地点まで行って湧水を確認したわけではない)

 

4. 崖の縁

崖には地層の境界が露出していることが多い。そのため、その境界部にはたびたび湧水が認められる。湧水地点は、未固結層と岩盤の間のこともあれば、岩盤のなかで岩種が変わるところの場合もある。ただしこのような湧水には、汲みにいく過程で1つ大きな問題がある。湧水地点が崖に位置するため、たいてい近づくことができないのだ。汲むためには、崖の下まで回りこむことになり、沢で直接汲むのと労力があまり変わらないという事態に陥りやすい。

https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/cess-kokosiri/cess-koko35-1.html

埼玉県環境科学国際センターHPより

静岡県富士宮市の白糸の滝、崖から湧き出る湧水が滝を作る

 

水を山で探すことの価値

現代的な登山において、山では基本的に文明の貯金を切り崩して生きていく。衣食住すべてを準備して持っていくため、生きるための生産や採集を山の中では行わないことが多いだろう。なぜなら非効率だからだ。効率性を追求した結果、人間は山で寄り道をせずにより速く動けるようになった。一方で、山は下界の蓄えを消費するだけの場所になり、山で得たもので代謝は行われなくなっていった。

山に長くいれば、体のなかから都会の循環物が排出されて、山の水と山の食料と山の空気が入りこみ、僕そのものが山に近くなっていく。それは、ちょっと山に来たお客さんから、そこで生活する生き物に変わっていくということでもある。

服部文祥,2006,サバイバル登山家.みすず書房,P249-250.

 

上記の文は、山で狩りや採集やを行い食料を確保しながら進む登山をする服部文祥さんの言葉である。一般登山者が食料確保までするのはあまりにもハードルが高い。ただし水に関しては、例外的に、すべての登山者が山での循環に組み込まれている。将来的になんらかの技術革新が起きて、山で使うすべての水を持ち運べるようになるかもしれない。最近、知多半島をはじめとして本州でもエキノコックスがじわじわと拡大しているため、山で自由に水が飲めなくなるかもしれない。そうなると、山で登山者が体の一部として循環させていくものは、もはや空気だけになる。

街では皆コンビニで買ったミネラルウォーターを飲むことが当たり前で、水道水を飲む人さえも少数派になっている。そんな時代のため、山で入手した水を飲むことは、近い将来社会的要請により禁止される気がしている(もう若干その空気がある)。今のうちに、自分の体に山の水を循環させて、少しでも自分を山に近づけておこうかと思う今日このごろである。