ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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アイゼンの歯を復活させる

尖ったものは丸くなる。自然の理である。包丁はどんどん切れなくなっていくし、息子に厳しかったじじいも孫には甘くなる。そして、私のアイゼンも丸くなっていた。

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氷の上でも

私のアイゼンはブラックダイヤモンドのバンド式で、12本歯のステンレス製だ。買ったのは5年前。様々な山を乗り越え雪や氷はもちろん雪の下に隠れた岩の上もガシガシ歩いている。分解清掃や注油はよくやっていたが、一度も研いだことはなかった。

 

使う道具だが、ホームセンターで売ってるような金属用のヤスリを用意しよう。アイゼンはとにかく硬いので、間違っても紙やすりでやろうとしたりしないように。一袋使い切ってもまったく変化がないこと請け合いである。金属の粉が出るので、場所は屋外がいい。私は雨の日にベランダで作業して、粉には雨と一緒に流れていってもらった。あんまり褒められた話ではないので新聞紙の上でやったほうがいいかもしれない。庭がある人はもちろん庭で。あとは丸くなっているところを削るだけだが、ひとつだけ注意点を。必ず歯の側面を削り、歯の平らな面を削らないようにしよう。平らな面を削ると歯が薄くなり折れる原因となる。

 

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https://tsubosan.co.jp/general/group5

使ったヤスリ。これが一番適しているものかは分からない。金属に使えるって書いてあればたぶん大丈夫。

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歯が薄くならない向きで削る

では削ってみよう。尖らせすぎてもすぐに丸くなってしまうので、肉が切れるような鋭さを目指す必要はない。各爪を見比べてみると、前爪が圧倒的に丸くなっていた。他の爪は似たり寄ったりで、歩くのに支障はなさそうだ。そのため今回は前爪を他の爪に合わせて削っていくことにする。嘘だ。本当は全ての爪をそこそこ尖らそうと思ったんだ。でも無理だった。ステンレス硬すぎる。そもそも5年も使っててこれしか丸くなってないものが人の手で簡単に削れるわけがない。

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丸い前爪とあんまり丸くなっていない他の爪

ただし、ステンレスを使ったアイゼンはブラックダイヤモンドくらいしか作っていないらしい。他のメーカーのほとんどのアイゼンはクロモリ(クロムモリブデン鋼)で作られているそうだ。クロモリはステンレスに比べて比重が重いし、柔らかいし、錆びることがある。これだけ聞くとステンレスのほうがいいじゃないかという話になるが、ステンレスはたびたび破損が報告されて主流にならなかったらしい。原因は調べてもよく分からなかったが、考えられるのは、①剛性が高すぎる、②品質のバラつき、のどちらかだろうか。①に関しては、素材は硬ければ硬いほど丈夫というわけではない。ある程度の柔らかさがあったほうが、曲がることにより破損を回避できる。ダイヤモンドは傷をつけることは難しいけど叩き割ることはできるみたいな。いや、ちょっと違うかな。タワーマンションが敢えて地震で揺れるように作られることで折れるのを防ぐみたいな。まあイメージはそんな感じだ。ステンレスは硬すぎて力がかかりすぎるとパキっと折れてしまっていたのかもしれない。②に関しては、加工の難しさによるものだ。ステンレスはとにかく加工が難しい。材料自体は安いため普段の生活に関わるものにもそこそこ使われているが、キッチンの流しのような、細かな加工が必要ないもので使われることが多い。そんな素材でアイゼンほど細かなものを作ろうとすると、品質のバラツキが起こると推定される。厚さが微妙に異なったりして、設計図通りの強度が出せていないことがあったのではないだろうか。これら2つの理由により(たぶん)ステンレスのアイゼンは破損が起こったことがあったのだろう。そしてアイゼンのような命を預ける道具は、非常に保守的な業界だ。今までよりいい道具があっても、今まで大丈夫だった元々の道具からの乗り換えがなかなか進まない。壊れると死ぬので当たり前だが。ただし昨今のアイゼンに関しては、割れたなんて話は聞いたことがないし、ステンレスの加工技術は日々進歩している。そのためアイゼンの素材はクロモリからステンレスへと徐々にシフトしていくのではないだろうか。今の若い世代はステンレスに対して特に抵抗もないだろうし。また、このへんの話題に関しては、アイゼンよりもザイルで取り上げられることが多いかもしれない。井上靖の「氷壁」の元ネタである「ナイロンザイル事件」が有名だ。

話をアイゼン研ぎに戻そう。ステンレスに比べクロモリは柔らかく、歯は減りやすいぶん研ぐのがもう少し簡単だと思われる。まあどっちにしろ金属を手で削るのはそう簡単な話ではないため、覚悟して臨もう。1日で全部削ってやろうとかは考えないほうがいい。

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左のみ研いだ状態。けっこう違うでしょ。

アイゼン研ぐのは大変、伝えたいことは、ただ、それだけ。