ジャンダルムで揺れた鎖の音

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天気図から読み解く天気の子

今更ながら「天気の子」という映画を観た。

新海誠監督が得意とする背景描写が凄まじくリアルだったのだが、それは天候表現も例外ではない。本記事では気象学的観点から、天気の巫女のチカラについて考察する。

※本記事はネタバレを含みます。

 
天気の子

天気の子

  • 醍醐虎汰朗
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映画中には天気図が何度か登場する。また、宇宙から見た日本も描写されるため、衛星画像として扱うことができる。残念ながら著作権の関係で映画のキャプチャはできないので、似た天気図や衛星画像を用いて考察を進める。

 

1. 8月21日21時

帆高、陽菜、凪の3人が逃げているシーン、池袋のCINEMA SUNSHINEのモニターに天気図が映し出される。天気図はだいたいこんな感じだ。

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平成26年2月15日9時

(気象庁https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/data/hibiten/2014/201402.pdf)

関東を中心に低気圧がある。関東に低気圧があること自体は珍しくもなんともないのだが、低気圧から延びている前線が閉塞前線という種類のものになっている。これがなかなか珍しい。日本付近において閉塞前線は北海道付近で形成されることが多く、関東では年に1回あるかどうかと言ったところだ。

閉塞前線があるとき天気はどのような状態になっているのだろうか。前線の説明は省くが、閉塞前線を伴う温帯低気圧は基本的に低気圧としての勢力が最も強くなるときである。地上はすべて寒気に覆われ、強い雨(雪)が長く降り続くのが特徴だ。作中では、長く強い雨が降り続け、8月にも関わらず低温になり雪が降る描写がある。閉塞前線の特徴と一致していることが分かる。ただし、関東で閉塞前線が観測されるとき季節はたいてい冬に冬型の天気図が崩れたときだ。例として挙げた平成26年2月15日9時の天気図は、関東甲信を中心に大雪が観測された際のものである。

 

2. 8月22日7時

陽菜が空に消え東京に晴れが戻るシーン、渋谷のTSUTAYAのモニターに天気図が映し出される。天気図はだいたいこんな感じだ(実際の映画に出てくる天気図は高気圧の中心が関東にある)。

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平成28年2月11日9時

(気象庁https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/data/hibiten/2016/201602.pdf)

等圧線の間隔が狭く、高気圧の中心が大平洋でなく関東にあることから、これはおそらく大平洋高気圧でなく移動性高気圧だ。これは春や秋によくみられるかたちである。ただし、夏型や冬型の気圧配置が崩れたときは起こり得るかたちであり、夏や冬に一切みられない訳ではない。例として挙げた天気図は、平成28年2月のものである。

 

3. 8月22日昼頃?

帆高が陽菜を空から取り戻すシーン、空から見た日本を衛星画像としてみることができる。詳しい時間は不明(実際の映画に出てくる画像は台風の中心が関東にある)。

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令和元年10月22日

(tenki.jp:https://tenki.jp/past/2019/10/12/satellite/japan-near/visible.html)

反時計回りの渦巻があり、左右対称でドライスロット(低気圧の中心に向かって溝状に伸びている雲の少ない領域)等も認められないことから、台風(熱帯低気圧)と考えられる。8月の天気であることを考慮すると、本記事で挙げたどの天気図よりも自然な状態だ。熱帯低気圧は寒気を伴わないため、8月21日21時とはまったく異なるメカニズムで雨が降っている。8月21日と異なり雪が降っていないのも熱帯低気圧だからだろう。

 

天気の巫女のチカラの本質とは

8月21日21時の天気図中の低気圧は、一般的に関東地方で夏に観測されるようなものではなく、冬の終わりごろによくみられる。8月22日7時は春か秋に、8月22日は夏によくみられる天気であり、季節が毎日移り変わっている。作中の本来の季節は夏であるため、陽菜を空から取り返したあとのほうが天気は季節に則った状態に戻っているようだ。よって、帆高と陽菜は8月22日に限ってみれば、世界を変えてしまったわけではなく、世界を通常の状態に戻しただけである。

問題となるのは8月22日以降だ。2年以上雨が降り続け東京は水に沈んでいる。雨が降り続けている際の天気図や衛星画像は作中に出てこず確かなことがわからないため、雨が降り続ける条件を考えてみる。現実世界の東京において、最も雨をもたらす要因となっているのは移動性低気圧だ。しかし移動性低気圧がもたらす雨では低気圧が動いてしまうので雨が長くは続かない。長く降水が続く要因としては、低気圧がなくとも暖湿気で雨が降ることがある。例えば日本海側の冬では暖流と風により雲ができ続け、基本的に冬のあいだはずっと天気が悪い。しかし暖湿気が雨になるには海側からの安定した風や山が必要だが、東京にはどちらもない。よって、現在の日本で起こり得る気象条件において東京で長く雨が降り続けるためには、停滞前線が位置する必要がある。停滞前線とは暖かい空気と冷たい空気の勢力が拮抗しているときに発生する前線で、梅雨や秋雨をもたらしている。しかし、梅雨や秋雨は長く続いたとしても1か月程度である。2年以上も停滞することはない。なぜなら季節が変わってしまうからだ。夏は南から太平洋高気圧に覆われ、冬は北からシベリア高気圧が張り出してくるため、停滞前線は追いやられてしまう。よって、停滞前線が2年以上も東京に雨を降らせたということは、夏も冬もなくなり、2年以上梅雨のような気候が続いたと推定される。季節がなくなったのだ。言わずもがな、季節は地球の自転軸の傾きによって生まれているため、天気の巫女は地球の自転に干渉できるチカラを持っていると考えられる。空とつながっているどころではない。空に浮いていたりもしていたし、念動力系の能力者だろう。地球に影響を与えられるとは、他作品と比較してもかなり上位の能力者である。当たり前の話だが、自転軸が変化すると季節の変化は東京だけでなく全世界に及ぶ。よって文字通り「世界を変えてしまった」のだ。

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梅雨の天気図、令和2年7月4日9時

(気象庁https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/data/hibiten/2020/202007.pdf)