ジャンダルムで揺れた鎖の音

ジャンダルムで揺れた鎖の音

山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

MENU

山好きが建設コンサルタントになると罪悪感で死ぬ

私は仕事で山に関わっている。というと山小屋で働いていたり山岳ガイドをやっていたりと思われるかもしれないが、関わっているのは山であって登山ではない。私の職業は建設コンサルタントというものにあたる。建設技術を中心とした開発・防災・環境保護等に関して、計画・調査・設計・監理業務を中心に、日本では国土交通省の建設コンサルタント登録規定に基づき国土交通省に登録された官公庁および民間企業を顧客としてコンサルティングを行う業者(場合によっては個人)をいう(Wikipedia調べ)。かなり範囲が広いのでここからさらに分野が細かく分かれるのだが、私が担当している分野は地質調査だ。なにをやっているかよくわからないと思うので簡単に説明すると、橋梁やトンネル等の建設、鉄道や道路の維持管理、災害復旧などを目的に、地質を調べて役所やゼネコンに説明する仕事というところだろうか。私は登山から地質に興味を持ちこのルートに入った。山にかかわる仕事として地質調査が挙がることはあまりないのだけれど、山好きが関わる仕事として候補に入ってもいいんじゃないかと思う。なぜなら登山で得られるスキルがものすごく役に立っているからだ。ということで今回の記事は迷える登山者を地質調査業界に誘導しようというリクルート的試みである。

 

※建設コンサルタントや地質調査の仕事内容については割愛します。

※登山が仕事とか人生にどう役立つのかみたいな内容も、世の中に似たような記事が無数にあるので割愛します。

沢で岩を叩いてるやつがいたらだいたい地質調査中

 

メリット

なにが役に立つのか、まずは山好きが地質調査をやるメリットを実体験に基づいて列挙してみよう。ちなみに私はまだ仕事を4年しかやっていないのでこの数倍のメリットがあるよきっと。

 

登攀能力がそのまま使える

地質調査をやっていると踏査(現場を歩き回る調査)からは逃れられない。崩壊リスクを確かめるために道路や鉄道の隣の斜面を歩いたり、地質図を書くために沢を詰めたりする。たいていの場合、道はない。かなり稀だが、本当に山奥の現場の時はテント泊をすることもある。そのような場面では登山で身に着けた登攀能力や野外での生活力をそのまま使うことができる。踏査において歩く速度や体力はすなわち仕事の速さである。よって山を歩けることが仕事の評価につながる。もちろん歩きなれているから怪我やトラブルが起きにくいことも重要で、山を歩けるということは踏査における「ロープ高所作業」や「移動式クレーン」の特別講習(危険な業務に対する簡易的な資格のようなもの)のような価値を持つ。というか、調査中の滑落事故は割と多いので、斜面の移動に関する資格があってもいいような気がする。

登山で身に着けた登攀能力をそのまま使える

 

登山が地質のインプットとなる

地質のことをある程度分かったうえでいろいろな山に登ると、それだけで地質的なインプットとなる。地質業界では巡検という野外実習をよく行って学習をするのだが、山に登るのは巡検のようなものである。山に登れば登るほど知識がつき、地質技術者としての技術的な向上が見込めるのだ。建設コンサルタント業界ではCPD(※)が義務付けられているが、ぼんやりと聞いている講習会よりもよっぽど学びになるので、登山をCPD単位として認めてほしい。

※Continuing Professional Development;継続教育。技術士建築士建築施工管理技士土木施工管理技士などを対象にした制度。自己研鑽(学習)を点数化し客観的評価をできるようにする。CPD単位により入札で加点されたり、資格の更新ができたりする。たいていの場合業務時間にカウントされないため休みがなくなる。

高い山は露頭(岩石が地表に露出している部分)も多いのでインプットの量も増えやすい

 

登山の情報量が増えて楽しくなる

前述した2点は登山が仕事に与える影響の話だが、これは仕事が登山に与える影響の話である。

ある地域で仕事をするとその地域の地質にものすごく詳しくなる。その状態で現場近くの山に登ると情報量が多くなり、登山もさらに楽しくなる。なぜそこにその山があるのかがわかってくるからだ。気候条件と合わせれば、その山の形や植生の理由についてすべて説明することができるようになってくるし、究極的にはその周辺の地域特有の食事や工芸品などの文化まで説明できるようになってくる。仕事の特性上、出張が多くなりがちで、それにかこつけて各地域の山に登ることができるのもメリットのひとつである。

工芸品はルーツをたどると地質に行きつくことが多い

 

デメリット

メリットが数多くあることはアピールできただろうか。最近は企業説明会なんかで、ミスマッチの防止や信頼関係構築のために、その仕事のつらいことなどのマイナス面を開示することが多くなってきているので、デメリットについて私も正直に書こうと思う。

デメリットは1点だけ、それは山の破壊行為をしてしまうことである。すべての仕事がそうというわけではないが、多くの仕事は山の開発や開発された山の維持を目的とする。よって仕事の延長線上に山の破壊があることが多いのだ。さらに仕事によっては、ボーリング調査(地盤に細い穴をあけサンプルをとって直接調べる調査方法)で自らが破壊者になる場合もある。まあ開発といっても人間が自然に与えることができる影響なんて小さなもので、人間が5年かけて移動させるような量の土砂も大雨が降れば一晩で動いたりするし、最近は環境アセスメント(環境影響評価)がそれなりにしっかりと行われることが多く、自然に与える影響はたいていそんなに大きくはない。しかし、頭でそう思うことができたとしても、山への罪悪感が消えない。これは理屈ではなく感情的な問題だろう。私は今までの人生において、仕事で山の開発に関わるよりも、登山者として山に登っていた時間のほうが圧倒的に長い。仕事歴は4年だが登山歴は22年である。登山者として長く山に入ったことにより、山に対する畏敬の念を覚えてしまっているため、人間の手でどうこうできるものではないという感覚がある。

山岳信仰的な自然崇拝の感覚だろうか

それでも仕事をすることはできるし、そういう感覚の人が現場にいたほうがいいという話もあり、様々な視点を持つことができるという点でこの感覚は仕事に対してプラスに働く。一方でこの感覚は登山に対して明確に悪い影響を与える。バチが当たるとかいう話ではない(あるかもしれないけど)。山に対する罪悪感を持ったまま山に入ることが危険なのである。なぜなら追い詰められたときに諦める理由となってしまうのだ。次の一歩を踏み出すのもつらいような追い詰められた状況において、「いままであれだけ山を壊しちゃったからなあ」みたいな思考が発生することはどう考えても危険で、諦めへの最後の一押しになる可能性を秘めている。罪悪感に殺されるのだ。

 

このデメリットを解決することはまだできていない。なんらかの思考の転換が訪れるのか、割り切れるようになるのか、考えることができないほど忙しくなるのか、どちらかを辞めてしまうのかは分からない。状況によっていくらでも考え方は変わるだろう。とはいえ感情面を切り離してスキル的な面のみ見れば、地質調査と山登りに相乗効果があることは確実であり、ぜひこの業界への就職を検討してほしい。少なくとも私は大歓迎だ。山に対する罪悪感を共有できる人がたくさん現れれば、集団心理的に罪悪感が薄れていきそうな気もするし。