ジャンダルムで揺れた鎖の音

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山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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石炭の種類がワークウェアの色を決める

最近古着業界でモールスキンが流行っている。フランス版のジーンズのようなもので、ジーンズと同じく炭鉱労働者の服だ。どちらも非常に丈夫に作られていたり、色が青かったりと共通点が多い。しかしこの青はよく見るとけっこう違いがある。モールスキンは紫がかったインクブルーで、ジーンズは紺色のインディゴブルーなのだ。モールスキンに限らず、フランスないしヨーロッパの作業着はだいたいインクブルーである。

洋服の色は生地やディテールの違いと比べて機能面や経済性に大きな差がでないため、文化的な観点から決まることが多い。とはいえ機能面や経済性が完全に無視されているわけでもなく、特にミリタリーやワークウェアの色にはたいていなんらかの理由がある。今回はジーンズとモールスキンの色の違いには地質的な違いも一因となっている説を提唱したい。

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モールスキンジャケット、紫がかった青色

 

ジーンズの色はなにからできているか

まずはジーンズの色についてだ。ジーンズの色はインディゴブルーと呼ばれるが、その名前の通りインディゴで染められている。ジーンズのインディゴは化学的に作られたものだが、青を出している成分は藍染と同じものだ。藍染のインディゴは蓼藍という植物から作られるが、化学的に作られたインディゴはなにからできているかというと石炭である。とはいえ石炭でそのまま染められる訳ではない。石炭の多くは製鉄に使われるが、石炭はそのまま燃やすと硫黄分が多いため、製鉄等には使うことができない(硫化鉄となってしまうため)。炭素の純度を上げるために石炭は蒸し焼きにされ、コークスという燃料に生まれ変わる。その際にコールタールという物質ができるのだが、そのなかにインディゴが大量に含まれているのだ。ジーンズはこのような石炭から取り出したインディゴで染められている。ちなみにコールタールは有用ではあるがコークスのほうが圧倒的に価値は高く、あくまで副産物である。すなわち安いのだ。よって炭鉱労働者の服が石炭由来の副産物で染められているのは、非常に理にかなっていると言えるだろう。

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ジーンズは純粋なインディゴの色
 

 

モールスキンの染料は不明

モールスキンのインクブルーについても調査を行ったが、残念ながら資料を見つけることができなかった。インディゴのみの色とは大きく異なるため、なんらかの染料を混ぜているか、全く別の染料を使っていると推定される。情報を持っている方がいたら教えていただけるとありがたい。

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コットンツイルのユーロワークジャケット、色落ちがやや灰色がかる

この色になった理由を妄想してみる。モールスキンがインクブルーの第一の理由は、ヨーロッパでは青といえば藍ではなくウォードだったこととか、フランス人は昔から紫がかった青であるウルトラマリンに憧れを抱いていたとか、フランス的美的感覚では色落ちしやすいインディゴで染めるというのがそもそもあり得ない話だったとか、文化的な理由が大きいと推定される(すべて根拠はなく想像です)。ちなみにウルトラマリンはラピスラズリという鉱物の色であり、これも地質学的理由と言えるかもしれない。一方でモールスキンの用途を考えると、ジーンズと同じく炭鉱労働者向けである。石炭由来のインディゴが安く手に入るにも関わらず、経済性を重視しやすいワークウェアが高い原料を使い続けるかは、少し疑問を感じる。もしフランスにおいてインディゴ染料が安く手に入りやすいものであったなら、インディゴで染めたモールスキンが一定数出てきてもおかしくないと思うのだが、実際はほとんど出てこない。モールスキンが作られていたのは1950年代が多く、技術が伝わっていないなんてこともないだろう。文化的観点以外にもなんらかの理由がありそうだ。

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ラピスラズリ、ユーロワークと同じ色か…?

 

すべての石炭からインディゴがとれるわけではない

インディゴの作られる過程をもう少し詳しくみていこう。インディゴはコークスを作る過程でできるものだが、すべての石炭からコークスを作れるわけではない。石炭はその成熟度(炭素の濃縮度)に応じて無煙炭、瀝青炭、亜瀝青炭、褐炭、亜炭、泥炭に分類される。コークスを作ることができる石炭は原料炭と呼ばれ、瀝青炭が該当する。アメリカは石炭埋蔵量が多大であるのに加え、瀝青炭の割合が半数近くに及ぶ。そのため石炭の質的にもインディゴを作りやすい(≒安い)環境が整っていると言える。一方でヨーロッパの石炭は埋蔵量が少ない上に、地質的な条件の違いにより瀝青炭の割合は1/4程度であり、アメリカに比べコークスを作ることができる量が少ない。コークスに付随するインディゴが手に入らないわけではないだろうが、生産量はアメリカに比べかなり少ないと推定され、それに伴いアメリカよりもインディゴの価格は高いと考えられる。

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石炭の埋蔵量と分布

http://www.jcoal.or.jp/1-3.pdf

これこそモールスキンがインディゴで染められていない理由のひとつではないだろうか。フランスではインディゴよりも安い青があったため、インディゴ染をしなかったのではないか。石炭をとるための服の色の違いが石炭の種類の違いによるものだとしたら、なんともロマンのある話ではなかろうか。ジーンズとモールスキンの色の違いの理由に関する一説として提唱したい。

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日本では現在も北海道で炭鉱が稼働している、
北海道には廃坑も多く石炭が落ちていることも(写真は三笠に落ちていたもの)

※費用面に効いてくる他の要因として特許権があるが、インディゴの合成方法はドイツ人が開発したため、特許の使用料に対するアドバンテージはアメリカもフランスも特にないと考えられる。