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4日目
7時に起きてもまだ外は大雨だった。スーパー銭湯の朝食バイキングで時間を潰すが一向にやむ気配がなく、8:45ごろに大雨のなか思い切って出発した。歩き始めて数分で靴が水没し、激しく後悔した。濡れちまったもんはしょうがない。どうせ濡れたなら歩き続けよう。30分後には雨具のなかもしっとりしてきた。さらに1時間くらい後には、雨が雪に変わり始めた。歩き始めたことが間違っていたのか。ここまで来るともはや止まって身体を冷やすのがこわい。そのまま歩き続けると、身体の芯はまだ暖かいけど、末端の感覚がよく分からなくなってきた。手足にアイシングをしたみたいになって、疲れの程度がよく分からない。既にぶっ通しで3時間くらい歩いている。そろそろ一回止めないとまずい気がする。ちょうどいいところにショッピングモールがあったので、フードコートでインドカレーを食べた。満腹中枢もややバグってきており、ナンをいくら食べてもお腹がいっぱいにならない。あともう少し歩いていたら食べることもできなくなっていただろう。自分の状態の見極めがだんだんうまくなってきたようだ。
食事を終え外に出ると雨はやみ、太陽が顔を出していた。身体が乾いていくのを感じる。食事と太陽で新品のように元気になった私はペースを取り戻し、韮崎を過ぎて釜無川の西側に渡った。川を渡ってしばらくすると、旧甲州街道は水路とずっと並走していた。山側からの谷も水路橋やサイフォン式の地下水路で越えていく見事な水路だ。説明板によるとこの水路は「徳島堰」と言って、日本三大堰の一つらしい。日本三大堰というものが設定されていることにまず驚いたが、それほどまでに立派な水路であることは間違いない。甲府盆地は雨雲が南アルプスにさえぎられるため、日本屈指の少雨地域だ。稲作を行うために大規模な水路を作らざるを得なかったのだろう。そのうち取水口や終点も行ってみようと思う。ちなみに徳島堰の徳島は人の名前で地名ではない。水路は地名が付けられているケースと、中心となって作った人の名前が付けられているケースがごっちゃになっているので紛らわしい。玉川上水が多摩川からではなく玉川さんが作ったからだと知ったときは衝撃であった。
韮崎から先は栄えている街を一度も通っていない。栄えている町は全て七里岩という台地の上にあるからだ。鉄道や高速道路も台地の上を通っている。その結果、この先もしばらく街は見込めず、次の大きな街は茅野になる。韮崎から茅野までは直線距離でも40km以上あり、インフラ的な意味では甲州街道一番の難所と言える。地形も決して平坦なわけではなく、笹子峠ほどの急勾配はないが、じわじわと上り坂が続き標高的にはたいして変わらなくなってくる。そして標高が上がった結果大きな問題が発生した。積雪である。3日目の夜から4日目の午前にかけての雨が、この標高だと全て雪になっていたようで、その雪が除雪され歩道が埋まってしまったのだ。歩けないこともないが、滑る上に靴の中に雪がガンガン入ってきて不愉快極まりない。もう日も暮れて車の通行も少ないので、除雪されている車道を歩き車の音が聞こえたら歩道に飛び乗る作戦で進む。そのまま車道にいると間違いなく轢かれるので、車の音に怯えながらの歩行となる。富士見の手前あたりでは完全に山道となり、寒いし暗いし心が折れそうだ。突然1台の車が私を追い越した後100mほど前方の拡幅で停止した。特に気にもせず追い越そうとすると、運転していたおばちゃんから声をかけられた、「どこまで行くの?送っていこうか?」と。まじかおばちゃん。こんな雪の積もった夜道を一人で歩いている気狂いじみた不審者を送っていってくれるなんて優しすぎるだろう。そして私は答えた、「ありがとうございます。でも大丈夫です」と。いや待て、ぜんぜん大丈夫じゃないだろう。さっきまで心が折れかかっていたのを忘れたのか。早く訂正するんだ、やっぱり乗せてくださいと。「あらそう、気を付けてね」おばちゃんは行ってしまった。やってしまった、千載一遇のチャンスを逃した。なんで断ったんだ。でもひとつ確かなのは、翌朝に同じところから歩き始めたとしても、なんか後悔してしまっていただろうということだ。あのとき反射的に断ってしまったのは、それが分かっていたからだろうか。断ったことに対しても激しく後悔したのも間違いないが。
おばちゃんの声かけによりやや元気を取り戻した私は雪の積もった山道を歩き続け、気づくと0時を回りそうになっていた。おばちゃんによるドーピングも切れてきてふらふらと歩いていると、明るい建物が現れた。この建物の可能性をすっかり忘れていた。田舎の国道沿いにも泊まれるところはあるじゃないか。茅野までの距離を調べてみるとまだ5km以上ある。1時間はかかるだろう。もう茅野まではがんばれない。ここに泊まろう。私は1人でラブホテルへと入っていった。非常に快適だった。風呂でストレッチができるほど広く長距離歩行者に優しい宿だ。ただし精神的になんかつらい。なんだこれは。
孤 独 か
―4日目歩行距離:約64km―