ジャンダルムで揺れた鎖の音

ジャンダルムで揺れた鎖の音

山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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がんばらないことが長続きの秘訣【徒歩甲州街道②】

①はこちら

 

3日目

ルートインの朝食バイキングに合わせて6時半に起床した。ビジネスホテルの朝食バイキングというものはなぜこんなに楽しいのだろう。おいしすぎるよ、いももち。

上野原の街を出ると国道20号線甲州街道旧道は大きく離れる。国道は桂川沿いに進むが、旧道は北側の中央高速近くを進む。そもそも国道は上野原も通らずにずっと桂川沿いを通すはずだったが、上野原の街が衰退することを理由に反対に遭い、街中を通すことにしたらしい。街中を通すことになってしまったために、国道は上野原の市街地を出たあと大きく迂回し河岸段丘を下がっていく。上野原は河岸段丘が発達しており、段丘面の行き来が容易ではない。鉄道は上野原よりも下の段丘面を通っているため、街中から駅まではかなりの距離がある。国道も街中を通っていなかったら、今より廃れていたことは間違いなさそうだ。ただ20号線の渋滞は減っていただろう。上野原の市街地は渋滞の名所なのだ。

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国道と旧道の分岐

話は戻り、上野原の先は国道から離れ旧道を進んでいく。このあたりは国道や鉄道と離れているためか、宿場町の雰囲気がよく残っていた。旧甲州街道の看板もそこらじゅうにあり、迷う心配もない。旧甲州街道の雰囲気を味わうならこのあたり(鶴川宿〜犬目宿あたり)がオススメだ。

鳥沢宿あたりで旧道は再び国道と合流し、猿橋へと向かう。猿橋は、現在は作られていない刎橋(はねばし)という構造の非常に珍しい橋だ。両側が切り立った崖となり、川幅が最も狭くなっている場所を狙って架けられている。川岸がここだけ切り立った崖となっているのは、溶岩で覆われているからだ。猿橋は富士山の溶岩が最も遠くまで到達した場所で、硬い溶岩により切り立った川岸となっている。ちなみに猿橋のすぐ隣には明治時代に作られた水路橋があり、今はなくなっているが中央線の橋梁も架かっていた。人も鉄道も水もここを通すしかなかったのだ。富士山が作り上げた交通の要衝である。

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猿橋、無料なので渡りにこよう

大月を過ぎるとだらだらとした登り坂が続く。甲州街道最大の難所である笹子峠に向かった登り坂だ。笹子駅の近くで笹子餅を買って食べておく。おそらく昔から峠越えの行動食として売っていたのだろう。笹子駅を過ぎると旧道と国道が分かれた。この先は峠を越えて甲府盆地に出るまでろくな店がない。そして旧道は冬季通行止となっているため(歩いたのは3月中旬)、車が通る見込みがない。もちろん歩いている人もいないし、熊でも出そうな雰囲気だ。携帯も通じなくなり、淡々と進んでいく。自分の足音と風の音、時折鹿がピューと鳴く。国道と分かれてから1時間半ほど歩くとトンネルが現れた。旧笹子トンネルである。こんな山奥にあるとは思えない凝ったデザインをしている。洋風建築的な柱が特徴的だが、この柱はトンネルを支える機能があるわけではなく、言わばハリボテだ。にも関わらずこんなにも手間暇かかりそうなデザインにできたいうことは、1. 総工事費の額が大きく、2. 通行者が多く、3. 世間からの注目度が高かったのだろう。画一的なデザインになりがちなトンネルに、なんとかして強い印象付けをしたかったという思いが見受けられる。トンネル自体の数が少なかった時代の影響も大きいが、最近のトンネルにもこれくらいの遊び心が欲しい。

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旧笹子トンネル大月側

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旧笹子トンネル甲府側、構造が似ているが装飾がない、劣化で撤去してしまったのかも

トンネルで笹子峠をこえると甲州市に入り、ずっと下り坂になる。ここは地名が「日陰」で、北側の斜面で針葉樹の森となっているため、名前の通り薄暗い。旧笹子トンネルの時点で17時ごろだったため、日も暮れてあっという間に真っ暗になり、暗い森を一人で歩く。ひたすら歩く。無心で歩く。人によって精神力に差はあれど、つらいことを続けていたら誰だって心は擦り減っていく。真っ向から向き合わず無心になるのが心を節約する有効な手段である。長距離歩行は長期戦であるため、心に強い負荷がかかった状態でがんばり続けるということができない。自分が許容できる範囲の負荷を把握し、限界にならないように長く続けていくことで遠くまで進むことができる。いかにがんばらないか、いかにがんばっていると自分に思わせないか、自分の精神状態を客観的にモニタリングすることが距離に繋がる。

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通行止め期間のため道は荒れている

国道と合流し甲府盆地に入ったころに雨が降ってきた。どんどん強くなり、ずぶ濡れになった。土砂降りの中、傘をささずに合羽を着て歩いている私の姿は、狂人にみえたに違いない。私自身も自分の心が限界に近いことを感じ、この日は石和温泉スーパー銭湯までにすると決意した。見えるところにゴールがあると、人は無意識にそこまではなんとかしようとするようだ。気づけばこの旅初のアドレナリンが出ているのを感じた。この旅で一番速いペースで歩けている。足の疲れを感じない。まだこの日のゴールが遠いようなら、あえて一度立ち止まってダメージの蓄積を避けなければいけない場面だが、もうすぐなのでアドレナリンに任せて進む。22時半ごろ、アドレナリンが残っているうちになんとかスーパー銭湯にたどり着き、この日はここまで。歩いているときはアドレナリンで気づかなかったが、雨によりまたケツ擦れが始まっていたことに、薬草風呂での痛みで気づいた。

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薬石の湯 瑰泉(かいせん)

―3日目歩行距離:約64km―

③に続く。