ジャンダルムで揺れた鎖の音

ジャンダルムで揺れた鎖の音

山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

MENU

等高線を見にいく

等高線という実在しない線がある。人間が三次元の地形を二次元の紙に落とし込むために開発したものだ。地形図にはなくてはならないもので、これがなくては地形は全く表現できない。しかしこの線はあくまで概念的なものでありイメージがしづらく、自然に地形を見れるようになるまでそこそこの訓練が必要になってくる。早くiPhoneの画面も立体映像が見えるようにしてほしいが、それまではもう少し時間がかかりそうだ。等高線を実際に見れれば、イメージを掴みやすいのだが。と思ったら富山県に実際に等高線が見れる山があるらしい。行ってみた。

f:id:ktaro_89:20200107234744p:plain

ここから地形をイメージするのは難しい。地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/)より。

目的地は富山県黒部峡谷にある。私は現在東京に住んでいるので、仕事終わりに夜行バスで富山まで向かい、そこから「あいの風とやま鉄道」と「富山地方鉄道」を乗り継ぎ宇奈月温泉へ向かう。第三セクターががんばっているため、青春18きっぷは使えないので注意。宇奈月温泉からはトロッコ電車に乗る。かなりの山奥を通っており、軌間が狭いためよく揺れるし、窓もないのにトンネルばかりなので、うるさくてろくに話もできないが楽しい。終点の欅平までは1時間20分、これだけでも十分いい旅行になるが目的地はその先にある。

f:id:ktaro_89:20200107235445p:plain

ロッコの旅

欅平からは徒歩の旅になる。登山口で準備していたら、おばちゃんたちに絡まれた。「まだ若くていいわね~。30歳くらい?」26歳である。リアルな感じの間違いがつらい。3人で行ったが3人とも老けてみえるらしい。そのあとおじちゃんに昨日クマが出てケガした人がいることを聞いた。元気になる情報が一切でてこないままスタート。

まずは急坂を登る。歩き始めたばかりの体にはかなりきつい。1時間ほど登ると視界がひらけ、絵に描いたようなV字谷が現れた。V字谷とは流れる水の働きにより浸食が進みできた谷だ。ここは典型的なV字谷であるが、他のV字谷と違う点は、送電線が張ってあり人の手が入っていることだ。斜面が少しでも緩やかなところを狙って鉄塔が建てられており、設置の苦労がうかがえる。

f:id:ktaro_89:20200107235538p:plain

谷に沿って送電線が続く

急坂が終わったあとは、谷に沿ったアップダウンの小さい道になった。歩きやすい。というか異常なほどアップダウンが小さい。ほぼ水平のまま道が進んでいくのである。斜面に沿った水平な線、それはすなわち等高線だ。斜面の反対側をみると、目の前にはまさしく等高線があった。

f:id:ktaro_89:20200107235630p:plain

リアル等高線

なぜ道が水平なのか、これには主に2つの理由がある。1つ目は地形的に道を通しやすいところがなかったため、岩盤をくり抜いて道を作っていること。地形に合わせた道ではなかったため、逆に道の自由度が高くなっている。2つ目はこの道を使い荷物の運搬をしていたため、できるだけアップダウンが小さいようにしたかったことである。ではそこまでして黒部峡谷を通りたかった理由とはなにか、それは電源開発である。

f:id:ktaro_89:20200107235701p:plain

岩をくりぬいて道にしている

黒部峡谷黒部ダムを始めとして、電源開発用のダムが無数に存在している。前述した送電線はまさにそのためのものだ。水平歩道は電源開発のための調査や搬入に使われていた道で、黒部ダムは水平歩道を延伸した日電歩道で繋がっている。水平歩道のほかにもトロッコ欅平から黒部ダムまで繋がっているし、送電線用のトンネルもある。黒部峡谷は手つかずの大自然に見えるが、実は人工の穴だらけなのだ。ちなみに黒部峡谷がある北アルプスと対をなす南アルプスでも、ダム建設や林業のための大井川鉄道があり、今は黒部峡谷と同じく観光用に転用されている。どちらも現代社会でやろうとすると自然破壊が叫ばれ、到底着手できない開発であるが、当時は山を単純に資源と捉えていた傾向がある。それがいい悪いという話ではない。しかし、その開発が日本経済を発展させたことは間違いないし、日本はある意味で山に支えられていたと言えるだろう。日本は山に恵まれている。

f:id:ktaro_89:20200108000042p:plain

送電線用のトンネル

話を戻そう。水平歩道を1日で歩き切ることは難しいため、途中の阿曽原温泉小屋で1泊することになる。小屋迫でもテント泊でもどちらでもOK。ここには名前の通り温泉があり、露天風呂に入ることができる。今回私のパーティーはテント泊だったため、幕営料800円と入浴料700円を払った。入浴は時間で男女別になっており、それに合わせて私たちは食事後に入浴することにした。しかし食事に合わせて酒を飲んでしまった私たちは露天風呂まで行くのがめんどくさくなり(風呂は幕営地から谷底のほうに少し歩かなくてはいけない)、風呂に入らないまま就寝し、翌朝も結局そのまま出発。700円は小屋に寄付しただけになってしまった。もったいないし風呂にも入りたいのでそのうちまた来ようと思う。

f:id:ktaro_89:20200108000306p:plain

20時以降は、混浴となります。

水平歩道と日電歩道が切り替わる仙人谷ダムでは、一部でトロッコ用のトンネルと発電所の施設内がルートとなっている。現役の施設内を通れると思うとわくわくする。しかしそこは急いで通り抜けることとなった。あまりにも暑く空気が悪いためである。阿曽原温泉が近くにあるように、地熱が非常に高いエリアらしい。トンネル掘削も非常に難航したようで、「高熱隧道」という小説になるほどである。空気も温泉のにおいで、深く息を吸い込むと咳きこんでしまうような感じであった。このトロッコは現在一般客向けには解放されていないが、欅平から黒部ダムまで観光のために車両を通す計画があるらしい。かなり楽しみだが、この地熱をどうするのかは気になるところだ。続報を待とう。

 

 

その後もルートは続き、有名な十字峡や白竜峡なんかも通り抜けてもまだまだ黒部ダムは遠い。そして気づく、バスの時間がヤバいことに。バスは扇沢16時10分発、これに乗れないと翌日の会社がヤバい。しかし私以外の2人の同行者はなぜか翌日出社の予定がなかった。温度差がある。ゆっくり写真を撮っている場合じゃないよ。

f:id:ktaro_89:20200108002234p:plain

白竜峡

やっとのことで黒部ダムの下にたどり着いた。ここからは急な登りだ。もう等高線ではない。水平に慣れた身体にはつらい。そして坂を登りきると地図に載っていない分岐が現れた。道標もない。どっちに行っても大丈夫なのだろうか。この時点で時間は15時15分ごろ、黒部ダムから扇沢まではトロリーバスを15分ほど乗る。トロリーバスはたしか30分毎に出ているはずなので、おそらく次は15時30分だろう。時間がない。とりあえず黒部ダムに近づきそうな方向に向かっている道を選んだ。2~3分歩くと行き止まりになった。致命傷である。終わった。半ば諦めつつ分岐に戻りもう1本の道を進むと黒部ダムへの扉が現れた。もう15時30分だ。ちょうどバスを見送るころだろうか。と思いつつ電光掲示板を見ると次発が15時35分になっていた。ミラクル。てっきり30分に出発すると思い込んでいた。急いでチケットを買いに行きバスに飛び乗る。扇沢16時10分にも無事間に合い、その日のうちに東京に戻ることに成功した。

黒部ダムへの登りの分岐は左へ、トロリーバスは05分と35分に出発、一生忘れない。

f:id:ktaro_89:20200108002612p:plain

黒部ダムに到着、ここから急登

 

※水平歩道は残雪がなくなってから雪が降るまでの非常に短い期間しか開通しないため、必ずルート情報を確認してから行くようにしよう。開通期間は例年9~10月ごろだ。詳しい情報は阿曽原温泉小屋のサイトに載っている。

https://azohara.niikawa.com/