ミネラルウォーターの市場が賑わっている。コンビニでも1店舗に5種類くらいは見かける。最近は味付き、匂い付きのミネラルウォーターもよく売れているようだ。果たしてそれはミネラルウォーターなのかという議論は置いておいて、日本で一番売れているのはサントリーの天然水ブランドである。サントリーの天然水は南アルプス、奥大山、阿蘇の3種類あり、地域ごとに売ってるものが違う。私は関東に住んでいるので、南アルプスの天然水に一番馴染みがある。だがこのなかで一番問題があるのも南アルプスの天然水である。
南アルプスとはどんなところなのか知っておこう。南アルプスとは山梨、長野、静岡の3県にまたがる山脈で、別名を赤石山脈と言う。3000m級の山が連なり、夏は太平洋側の湿った風の影響を受けやすいため、日本屈指の多雨地域となっている。降雨量は太平洋に近い南部ほど多く、豊かな水を用いた林業が盛んだ。
南部ほど水が豊富なら、南アルプスの天然水も南部で汲んでいるのかと思いきや、汲んでいるのは南アルプスの北の端である。南アルプスの天然水に限らず、ほかの水を使った食品の工場はすべて南アルプス北部に集中している。なぜか、答えは地質にある。このあたりの山に登ったことある人は、甲斐駒ヶ岳や鳳凰岳の岩が白かったのを覚えていないだろうか。街からもこの山は白く見えることが多い。この白い岩は花崗岩という。
この花崗岩に浸透した水はおいしくなるため、飲料や食品の工場(サントリー、コカ・コーラ、シャトレーゼなど)は南アルプス北部に集中しているのだ。そのため南アルプスの天然水と言えるのは、甲斐駒ヶ岳や鳳凰岳の周辺の水だけである。南アルプスのその他9割の地域は砂岩やチャートなどの堆積岩で構成されている。これは奥多摩や秩父と似たような地質であり、プレミア感は全くない。しかし、南アルプスの天然水と言う名前が一人歩きしているために、「南アルプスの天然水だ〜」と言いながら登山者が水を汲んでいる様子が、南アルプス全域で非常によくみられる。騙されているぞ。もはや産地偽装じゃないのか。いや、南アルプスで汲んでることは間違いないのだが。被害者(?)は登山客だけなので、社会問題になることもない。そして登山者本人も気づかない。
地質図は産総研の「地質図Navi」より
水のおいしさとはそもそもなにで決まるのだろうか。東京都水道局によると、
- 蒸発残留物
- 硬度
- 遊離炭酸
- 過マンガン酸カリウム消費量
- 臭気度(臭気強度)
- 残留塩素
- 水温
の7項目が設定されている。そのうち上5項目は地質の影響がかなり大きい。これらの項目をこだわるために、飲料や食品の工場は南アルプス北部で水を汲んでいる。残留塩素は浄水の過程の話であるため、湧水や沢水は関係がない。水温は山の水なら基本的には低めで、水が雪渓由来だったりすると非常に冷たくなる。
南アルプスで飲む水の違いに気づかないということは、地質に依存した項目もそんなに変わらないということだ。硬度なんかはけっこう味に違いが出てくるが、南アルプスの水はどっちにしろ軟水なので味に大きな差は生まれない。ちなみに硬水になるのは石灰岩の地層を通り抜けた水が代表的なので、武甲山や伊吹山の水は味が違うはずだ(南アルプスも一部は石灰岩で構成されているが、非常に狭い範囲のため水の成分を大きく変えるほどではない)。味が気になる人はコントレックスを飲もう。お腹壊す人多いけど。
私はこんな記事を書いているが、山の水の味の違いはろくに分からない。というか山で疲れて喉渇いてるときに冷たい水飲んだら、おいしいに決まっている。南アルプスの天然水を買うと自然環境保護にお金を使ってくれるみたいなので、細かいことは気にせずに街では南アルプスの天然水を飲み、サントリーに感謝しながら南アルプスで天然の水を飲もう。きっとどちらもおいしいから。
※沢水は必ず煮沸消毒してから飲むようにしよう。上流で動物の糞や死体があると、けっこうな確率で大腸菌が検出される。その点湧水はその心配がないが、湧水に見せかけて伏流水(沢水の流路が地下になっていただけの水、本来の地下水ではない)のことがあるので、必ずしも安全ではない。自己責任で。