ジャンダルムで揺れた鎖の音

ジャンダルムで揺れた鎖の音

山と地質と街道とフィルムカメラのブログ 月1回更新

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令和初日に富士山に登ったら人生初の幻覚を見た話

元号が変わる。私は20代なので初めての改元であった。せっかくなので思い出に残る1日にしましょうと誘われ、富士山頂を目指すことにした。

改元は5月1日。街では桜も散り汗ばむ日も出てくる頃だろうか。しかし富士山は標高3776m、標高100mあたり気温はだいたい0.65℃下がるので、街が20℃だとしたら-4.5℃。真冬である。さらに富士山は独立峰であるため風が強くなりやすい。風速1m/sあたり体感気温は約1℃下がると言われている。15m/sの風が吹いていたら、先ほどの-4.5℃から15をひいて、体感気温は-19.5℃となる。つらい。当然ながら雪も残っているため、一度転べば富士山の斜面は雪の滑り台となる。万全の冬山装備で臨む。

冬季の富士山は富士宮口がメジャーなルートとなる。ただし5月始めの富士山スカイラインは凍結の恐れがあるため、夜間通行止めになっていることが多い。通行止めは7:30に解除となるため、その時にはゲートにいたい。私は現在東京に住んでいるため、前日のうちに友人と合流し富士宮のキャビンハウスに泊まった。翌日に備えて早めに就寝。起きたら令和になっていた。令和を迎えた地として、富士宮のキャビンハウスは私の記憶に永遠に刻まれることであろう。

キャビンハウスヤド富士宮店

キャビンハウスヤド

https://yado-ca.co.jp/

7時ごろにゲートに着くと、既に車が並んでいた。意外と人気がある。山に登りそうな格好をしている人はほとんどいないが。予定通り7:30にゲートが開き、8時前には5合目の駐車場に到着。順調だ。今のところ天気もいい。ただ午後からはやや崩れる予報である。急いで支度をして出発。乗り越えるのが躊躇われる柵があるが、法的に立入禁止となっているわけではないので、入っても大丈夫である。写真は撮り忘れた。

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画像は記事投稿日(2019.11.10)のもの。随時確認してください。

富士山登山道周辺の道路情報

http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-230/mt_fuji_road.html

スタートから雪が積もっていた。雪はほどよく締まっており、快調に登る。山頂が見えている。そんなに遠くないように見える。1時間登った。そんなに遠くないように見える。2時間登った。そんなに遠くないように見える。全然近づかないじゃねえか。もう標高3000m近いのに。やはり富士山は標高が高い。

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5合目から山頂方向。近く見える。

そして8合目あたりから天気が悪くなってきた。晴れてたはずなのにいつの間にか周りが真っ白に。風も強いし、なぜか雪じゃなくて雨だし。さらに急激に標高を上げすぎたことにより、しっかり高山病に。めっちゃつらい。こんなつらい改元初日は今後の人生で二度とない。

やっとのことで富士山頂郵便局まで辿り着いた。ここまで来ると風がエグい。台風どころじゃない。たぶん30m/sくらいある。体感気温がどうとか考えたくもない。飛ばされそうになりながらも、ピッケルを握りしめて剣ヶ峰へ向かう。郵便局から10分程度、とうとう到着。以前夏に来たときとは達成感が全く違う。私たちが登るときに前日から登ってた3〜4人とすれ違っただけで、途中で出会った人たちはみんな抜かすか諦めるかだったので、おそらく令和に入ってから富士山頂に立った人の10番以内にランクインしている。

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雨でレンズが濡れている。令和は同行者のT君直筆。

風と寒さで死にそうなので下山を急ぐ。ただしホワイトアウトで踏跡も消えているため、GPSとコンパスを使いながら慎重に進路を定めた。途中で山小屋が見えたりすると安心する。下山だからすぐ終わるかと思っていたが、疲労でなかなか進まない。8合目あたりまで降りたときに空のなかに立山のバスターミナルみたいな感じのでかい建物の影が見えた。幻覚である。少し遅れて、友人は急に空を見上げたかと思うと「今、鳥が飛んでませんでした?」と言っていた。飛んでいない。幻覚を見るに至ったのは初めてだったので、その時の状況をまとめておこう。まずは極度の疲労とシャリバテだったこと。疲労は言わずもがなだが、エネルギーの補給もそこまでできていなかった。次に天気が悪く視界が極端に悪かったこと。そして風も強く、風がフードを打つ単調な音を聞き続けたこと。興味深いのは、幻覚を見た直後も進む方角が合っているかだとか、GPSはルートから外れていないかだとかの、まともな話ができていたことである。これらの条件から、幻覚は視覚情報の処理能力の節約ではないかと推測できる。幻覚や幻聴はあっても幻触や幻臭はないことから、おそらく視覚と聴覚でしかエラーは発生しない。両者に共通することは常時ONになっていることで、今回はホワイトアウトによる視界不良や強風による音など、弱い情報を延々と取得していた。その情報の処理のために脳に負荷がかかり続けているにも関わらず、供給されるエネルギーが足りなくなってきたため、脳が理性的な判断等の機能を残そうとメモリの振り分けを行ったのだろう。トレイルランナーが幻覚を見た話を聞いても、起こっているのはだいたい霧の中か夜だ。情報がはっきりしている晴れた昼間は、脳が情報にスクリーニングをかける必要がないため、幻覚が現れにくいと推測される。

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ホワイトアウト(登り時)

見えるものに関しては、よく聞くのはあるはずのない大きい山だとか動物だ。今回我々が見たものとの共通点は、その時点でその山にはなくとも、一般的な山で見る可能性がある景色だということだろうか。脳は霧や暗闇といった情報量が少ない状態に対して、自分がいる環境を加味したうえで情報の処理を行っているようだ。いきなり目の前に怪物が現れるといった類の幻覚はおそらくない(本格的に遭難して追いつめられると、もっと突拍子のないものが見えるようだが)。ただこれに関してはサンプル数が少ないので、また幻覚をみるようなことがあったら報告しようと思う。発生条件もなんとなくわかったことだし。

5合目に戻るまでに結局登りと同じくらいの時間を使った。戻ってはこれたが消耗が著しく、なにかを食べて体温をあげようとしてもなかなか飲み込めない。エネルギーがすべて体温維持に使われ、消化器官までエネルギーが回っていないようだ。近場の温泉に移動しお湯に浸かってやっと食欲が戻ってきた。入浴は外部から直接熱エネルギーを取り込めるため、食事よりも効率的なカロリー(熱量)摂取方法である。湯治が健康にいいのも頷ける。摂取したエネルギーをより多く病気の治療に割り当てることができるのだろう。

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お胎内温泉健康センター

http://www.otainai-onsen.gr.jp/Onsen.htm

家に帰ったら顔面が凍傷になっていることに気づいた。雨が降っている時間が長く気温がそこまで低くなかったので大丈夫だと思っていたのだが。上唇の右側が特に症状がひどく、やや水ぶくれになっていた。下山時に右側からの風を受け続けたからだろう。雨も当たっていたし、気化熱で体温をもっていかれたようだ。バラクラバも持ってはいたのだが、どうせびちょびちょになると思ってつけてなかったのがいけなかった。雨の凍傷対策は難しい。この先残雪期の富士山に行く人には、雨が降っていたとしても凍傷になるものと思って対策してほしい。私は二度と行かないけどね。